2014年7月15日火曜日

第46章 文七元結

--文七元結」は、落語家の三遊亭円朝が創作した落語。店の金を紛失して、隅田川に身投げしようとしている手代の文七に、左官の長兵衛が行き会う。長兵衛は、文七に百両の金を投げ与え、名前も告げずに去ってゆく。落語だけでなく、歌舞伎の演目としても、しばしば上演される作品である。(まとめ・渡部)--

W 今回は、江戸末期から明治時代にかけて活躍した落語家、三遊亭円朝の落語「文七元結」です。円朝の作品は現在、青空文庫に42点入っています。彼は1839(天保10)に江戸で生まれて、1900年(明治33年)に、61歳で亡くなっています。1900年というと、ニーチェも死にました。19世紀、最後の年。
小池さんは、円朝のこと、なにか知ってましたか?
K 昔どこかで落語の歴史を勉強したときに、聞いた覚えがありますね。かなり偉い人でしょう。 
W そうですね。明治期を代表する落語家の一人です。また、彼の作品は、歌舞伎の舞台にかかることも多くて、僕は「怪談牡丹灯籠」を見たことがありました。今回の『文七元結』を芝居にした「人情噺文七元結」もよく上演されます。今年10月にも名古屋の劇場で上演されるようです。今回の作品、小池さんはどう思いました?
K 面白かったですが、やっぱり文字で読むより、話しているのを聞くほうがよさそうな気がしました。

 落語の中には「人情噺」と称する作品があり、この『文七元結』はその最たるものとされ、一人前の真打ちはこの咄ができないと駄目、逆にいうと『文七元結』がちゃんと演れれば一人前の真打ち、といわれた。いや、今もいわれているのだろう。
 “だろう”てのは、家元あまり咄家とつきあいがないのでよく知らないのだ。
(立川談志『新釈落語咄』中公文庫1999241ページより)         

W 上の引用は、先年亡くなった落語家の立川談志が、この落語について語ったものです。普通にしゃべっても30分はかかる大作ですが、「一人前の落語家になるのに必須の演目なんだ」、ということは知りませんでした。
K 有名な話なんですね。
W 談志は、自分のことを「家元」と言っていますが、「あまり噺家とつきあいがないので」というところは面白いです。僕も社会学の研究者とは、あまりつきあいがないけど。でも、立川談志なんだからなあ。談志のこと知らない落語家っていないでしょうに。
K そういうのを格っていうんでしょうね。
W へえ、粋な言葉、知ってるなあ。少し、話の筋を追ってみましょう。

 さてお短いもので、文七元結の由来という、ちとお古い処のお話しを申上げますが、只今と徳川家時分とは余程様子の違いました事で、昔は遊び人というものがございましたが、只遊んで暮して居ります。
 (三遊亭円朝「文七元結」より)

W 上の引用が、冒頭の部分です。まず、主人公の左官屋の長兵衛を紹介しています。文七はあくまで脇役なんですよね。脇役を作品のタイトルに持ってくるのは、珍しいと思います。人形浄瑠璃や歌舞伎の「義経千本桜」っていう作品がそうですけど。源義経は一貫して脇役で。
K そうですか。
W 長兵衛は、とても腕の良い職人だけど博打に凝っています。ほとんど働かず、借金も膨れ上がっている。円朝は、腕の良い職人は博打に凝る事も多いんだと言ってますね。

 併(しか)し賭博を致しましたり、酒を飲んで怠惰者で仕方がないというような者は、何(ど)うかすると良い職人などにあるもので、仕事を精出して為(し)さえすれば、大して金が取れて立派に暮らしの出来る人だが、惜しい事には怠惰者だと云うは腕の好い人にございますもので、  
                (同上)

W なんとなく、わかるんですけどね。何事にも熱中しやすいと言うか、いろんなものに凝って、常識をこえちゃうタイプ。
K なるほど。
W もうひとつ面白かったのは、円朝が「博打の取り締まりが、明治期になって厳しくなってきた」と言ってることです。「只今ではお厳(やかま)しい事でございまして」といったセリフが何度か出てきます。江戸期と明治期の両方を生きた人だからこそ、このあたりの事情が良く分かったんでしょうね。今は、もっと厳しいと思うけど。
 左官の長兵衛は、腕の良い職人なんですけど、博打に凝って全然働きません。ある日家に戻ると、一人娘のお久が家出してしまい、妻の兼が困惑しています。お久は、17歳に設定されています。

兼「(前略)お久が居ないくらいなら私は直ぐに出て往っちまうよ」
長「お久が居なけりゃア此方(こっち)も出て往っちまわアな、(後略)」
                      (同上)

W 3人家族なんですけど、上の引用では、娘のお久がいないなら、長兵衛も兼も、自分は家を出て行くと言ってるんです。3人いたのが、1人もいなくなっちゃう。
 このあと、浅草・吉原の遊郭の置屋にお久がいることが分かって、長兵衛は出かけてゆきます。

長「へえ私も一生懸命になって稼ぎやすが、何うぞ一年か二年と思って下せえまし」
内儀「それでは二年経って身請けに来ないと、お気の毒だが店に出すよ、店に出して悪い病でも出ると、お前この娘の罰(ばち)は当らないでも神様の罰が当たるよ」
                      (同上)

W 父親の長兵衛を改心させようとして、自ら身を売る事を決意したお久ですが、長兵衛は、この家のお内儀から百両借り、2年以内に必ず返すという約束をします。それまで、お久はこの家にとどまることになりました。
K 置屋のことですね。
W そのあと、百両もった長兵衛が隅田川の吾妻橋に来かかると、身投げをしようとしている若い男にぶつかります。

今長兵衛が橋の中央まで来ると、上手に向って欄干へ手を掛け、片足踏み掛けているは年頃二十二三の若い男で、腰に大きな矢立を差した、お店者風体な男が飛び込もうとしていますから、慌てて後から抱き止め、
長「おい、おい」
男「へへへえ」
長「気味の悪い、何んだ」
男「へえ・・・真平御免なさいまし」
長「何んだお前は、足を欄干へ踏掛けて何うするんだ」
男「へえ」
長「身投げじゃアねえか、え、おう」
男「なに宜しゅうございます」
              (同上)

W 長兵衛が、話を聞いて見ると、やはり身投げのようなんです。男は店のお金、百両をどこかでなくしてしまい、死んで責任を取ろうとしています。
K 百両っていえば、それなりに大金ですか。
W そうでしょうね。百両じゃなく五十両にしている落語家もいます。談志もそうでした。

長「いけねえなア、何うしてもお前死なくッちゃアいけねえのか・・・じゃア仕方がねえ、金ずくで人の命は買えねえ、己も無くッちゃアならねえ金だが、お前に出会したのが此方の災難だから、これをお前に・・・だが、何うか死なねえようにしてくんなナ、え、おう」
男「ヘエ、死なないように致しますから、お構いなく往らしって下さいまし」
長「お構えなくッたって・・・じゃア往くから屹度死なねえとはっきり極りをつけてくんなよ」
男「宜しゅうございます、死にません、死にません、へえ」
                  (同上)

W 上の引用のところでは、文七に同情した長兵衛が、自分の持っている百両をやろうとしますが、一瞬躊躇して「これをお前に」の先は言わないんですね。かわりに「何うか死なねえようにしてくんナ」と言うだけなんです。
K ここのところ落語で演じている様子が見えてくるようですね。
W でも、やはり、文七が死のうとするので、とうとう長兵衛は、自分の金をあげようと、はっきり言うことになります。

長「お構いなくったって往けねえやな、仕方がねえ、じゃア己が此の金を遣ろう」
                  (同上)

男「何う致しまして左様な金子は要りません」
長「己だってさ遣りたくも無えけれどお前が死ぬというから遣るてえのに、人の親切を無にするのけえ」
 と云いながら放り付けて往きました。
男「なに何を為やアがるんだ、斯んなものを打附けやアがって、畜生め、財布の中へいしころか何か入れて置いて、人の頭へ叩き附けて、ざまア見やアがれ、彼様な汚ない形を為ていながら、百両なんてえ金を持ってる気遣えはねえ、彼様な奴が盗賊だか何んだか知れやアしない、此様な大きな石を入れて置きやアがって(後略)
                      (同上)

W 長兵衛は、百両を放り投げるようにして文七に渡すと、逃げるように走り去っていきます。このあたり、どうでしょう?
K さっきの箇所もそうですが、一々疑ったりためらったりするのが面白いですね。落語らしいところです。
W 僕は今回、昭和の名人と言われた古今亭志ん生のCDと、立川談志のDVD、それに山田洋次が監督したシネマ歌舞伎の3つを鑑賞したんですが、このあたりの文七の表現がとても難しそうだと思いました。長兵衛が金を放り投げて逃げて行くまでは、とてもおとなしく、弱々しい感じです。本気で自殺しようとしている感じをださなきゃならない。長兵衛が逃げ去った後は、一転して悪態をつく。百両と言って投げてよこした包みの中は、石だろうと思ったんですね。
K はい。
W でも、このあと、本当に百両だとわかってびっくりし、立ち去った長兵衛に感謝する。このあたりの変化を自然に出さなきゃなりません。志ん生も談志も、ここの文七の表現がとても見事でした。

主「馬鹿だねお前何うもコレ百両という大金を戴きながら、其のお方のお名前も宿所も聞かんてえ事はありませんよ」
文「お名前も所もお聞き申す間もないので、アレアレといっている中に、ポンと金を打ッ附けて逃げて往きました」
主「金を人に投げ附けて逃げて行く奴があるものか、お名前が知れんじゃアお礼の為ようもなし、本当に困るじゃアねえか」
文「ヘエ、誠に何うも済みませんで」
                     (同上)

W 上の引用は、文七が店に帰って、主人と話をしているところです。文七がなくしたと思っていた金は、すでに店に届けられていたんですね。吾妻橋での長兵衛のことが、当然、話題にあがるんです。主人のセリフの中に「人の金をとって逃げて行く奴はいるだろうけど」という言葉を入れて、笑いを取る演者もいるようです。

長「己だって遣り度くはねえ、余り見兼たから助けたんだ」
兼「ふん、見兼て助ける風かえ、足を掬(すく)って放り込むだろう」
長「誰が放り込む奴があるものか」
                  (同上)

W ここでは、長兵衛が百両を見知らぬ人にあげてしまった話を、妻の兼にしている場面です。兼は、この話を全く信用しません。一晩中の夫婦げんかで、長兵衛は一睡も出来なかったと書かれています。
K 元気ですねえ。
W このあと、文七と店の主人が長兵衛の家にあらわれ、話は急転直下、めでたい結末をむかえます。

さて是から文七とお久を夫婦に致し、主人が暖簾を分けて、麹町六丁目へ文七元結の店を開いたというお芽出度(めでた)いお話しでございます。
                   (同上)

W やはり、この話は、長兵衛という人間の性格と行動に、おもしろさが潜んでいると思うんですけどね。さきほどの立川談志は次のように書いています。

しかし、この主人公の長兵衛は、人間の性は善であり、そういうふうに生きよう、というのではない。
 橋の上で金をやってまで助けるべきか、いっそやめようか、と葛藤する。で、こんな台詞を吐く。
 「誰か通らねえかなぁ、通りゃあその人に譲るよ・・・」
 これはギャグとも受け取れるけれど、そうではあるまい、本心であろう。
 つまり長兵衛は身投げにかかわりあったことの始末に困って、五十両の金を若者にやっちまっただけなのだ。
 だから本人にとっては美談でもなんでもない。さして善いことをしたという気もない。どうにもならなくなってその場しのぎの方法でやった、ともいえる。いや、きっとそうだ。
 だから長屋に帰ってからの女房の文句に対して反論すらないのだ。
 (立川談志 前掲書、243ページより)

W ここの「誰か通らねえかなぁ、通りゃその人に譲るよ・・・」というセリフは、円朝の作品には載ってませんけどね。談志は、長兵衛の行為を始末に困っておこなったその場しのぎだと解釈しています。
K 円朝のものでも「お前に出会したのが此方の災難だから」とは言ってますね。

「常識」で動けば五十両くれてやるはずがない。なのに五十両をやってしまう長兵衛の「非常識」を物語の核とする『文七元結』は、まさに談志言うところの「非常識の肯定」であり、「人間の奥底にある何だかわからないもの」を描いている「イリュージョン落語」なのだ。
             (広瀬和生『談志の十八番』光文社新書より)

W ここの広瀬和生さんの、人間の奥底にあるなんだかわからないものを表現した話という言い方もおもしろいなあ。
K たぶん談志の言葉ですよ。よくそういうことを言う人でした。

筆者の愚考を述べれば、この長兵衛という職人、破滅型の、根っからの博奕好き、橋の上で金を「えいッ」と投げ出したのも、そうした気質のあらわれではないか、とても分別があってはでき得る行為ではない。
(麻生芳伸編 『落語百選』ちくま文庫 文七元結 解説より)    

W 上の麻生芳伸さんは、長兵衛を破滅型と規定しています。破滅型といえば太宰治ですが、僕は吉本隆明さんの次の文章が頭に浮かびました。

太宰の疎隔感にもしお手柄があるとすれば、世のいわゆる「友情」なるもの「愛」なるもののうちにも<暗黙の約束>が含まれていることを、それとなくあぶり出していることにあった。(中略)世のいわゆる<愛>とか<信頼>とかは限度の自覚と、利害の自覚からできている。限度を超える危険と、利害に反する危険がほどよく意識されているため、逸脱したり境を超えたりしたときは、背きあってもよいという<暗黙の約束>が成立っている。だが太宰にはそんな限度や、限度を超えたときの背きあいが、てんから信じられなかった。<愛>や<信頼>はそんなものではないというあ掻きが、生涯に何度かあった破滅的な自殺計画の動機になっているとさえいってよかった。その度ごとにかれは<愛>や<信頼>に無感応な場所へ、じぶんを追い込んでいったのである。扉を叩けば開かれるという<暗黙の約束>がなければ、人間はひとの家を訪れることさえできない。それを頭から信じない場所に落ち込んだとき、ひとの家の門は疎遠な怖ろしいものにみえる。かれがここで『訪問』の能力と呼んでいるものは、出来ないものからみれば神の能力にもひとしいものであった。 
     (吉本隆明『悲劇の解読』「太宰治」ちくま文庫、より)

W 世間の「友情」や「愛」「信頼」が、実は「限度と利害の自覚」という「暗黙の了解」の上になりたっていると太宰は感じた。人間の行為には打算や計算がつきまとう。世間の多くの「愛」や「友情」は打算や計算の上に成り立っている。けっして、「無償の行為」ではない。
長兵衛の行為は「無償の行為」で、誰からも理解されないけど、こうした「無償の行為」は、やはり破滅型の人間からこそ生まれてくるんじゃないかしら。「暗黙の了解」を理解しようとしない人間と言うか。出来ないと言ってもいいんだけど。
K それはそうですね。ただ、破滅傾向って多くの人が持ってるもののようにも思います。太宰ほど強い人は稀ですが。
W 僕も強い方ですね、昔から。計算とかできない。
K この落語は歌舞伎にもなっていると言うことでしたが、なにか、落語と違いはあるんですか?
W まず長さが違います。僕が聞いた志ん生のCDが約30分、談志のDVD40分くらいでしたが、歌舞伎では90分近くあります。歌舞伎では、文七が店に帰って、主人と話をする場面が省略されているんですけど、それでも長くなってしまいます。

「一体円朝さんのものはやりにくい、というのは、あの通り話のうまかった人で、全部一人で話すのですから、自分の思う様に話せて意気も合いますが、芝居の方は大勢でやるのですから到底ああはいきません。」
(渡辺保『増補版・歌舞伎手帳』「人情噺文七元結」五代目尾上菊五郎の芸談より)      

初演は五代目菊五郎で、その後六代目菊五郎から、十七代目勘三郎と二代目松緑に伝わった。勘三郎の長兵衛は文七の身の上を聞いて同情するところで、自分も青年の時は孤児だったという複雑な人間の感情を見せた。
(渡辺保  前掲書 「人情噺文七元結」より)     

W 上の引用は、演劇評論家の渡辺保さんの「歌舞伎手帳」という本からのものですが、初演の五代目菊五郎という明治の名優の芸談が興味深かったです。一人の人間がしゃべる落語では簡単に表現できても、集団でやる演劇では難しいということもあるんですね。今回、見くらべてみて、そのあたりのことがよく解りました。
 僕は長年、教師やりながら、喋ることが本当に苦手なんだけど、確かに落語は、お手本になりますね。とても高度な話術です。気がついたのが、ちょっと遅かったけど。
K あと、歌舞伎はゆっくり話しますね。
W 十七代目勘三郎というのは、先日亡くなった十八代目勘三郎のお父さんです。山田洋次監督のシネマ歌舞伎では、十八代目勘三郎が長兵衛を演じてましたけど。このシネマ歌舞伎の予告編や、古今亭志ん朝の落語はネットのユーチューブで見ることが出来ます。
お父さんの十七代目勘三郎は、ユーモアも旺盛なんだけど、どこか狂気というか破滅型風なところがあって、とても魅力的な俳優でした。「破滅型の人間の無償の行為」を演じるにはぴったりな歌舞伎俳優で、かれの長兵衛も是非、見てみたかったです。きっと、どこかに録画された映像とか残っていると思いますけど。
K へえ。
W このお話の中心は、やはり、橋の上での長兵衛と文七のやりとりだと思うんですけど、上演時間が長くなると、円朝が初め描いたものからは離れていってしまうんですよね。どうしても長兵衛の文七に対するお説教が多くなってくる。要らないものが混じってしまう。説教劇っぽくなる。円朝本を読んでいる限りは、あまり、お説教が気にならないんですけどね。
K 二人のやり取りが延々続く感じですかね。
W そうですね。何でも長くやれば良いってものじゃないんだなあ。
話は変わりますが、大学の教師をやってると、学生がいろんな相談をもちかけに来ることがあります。規則スレスレとか規則を逸脱したお願い事とかも、結構あるんですよね。その際、「学生の願いを聞いてあげるか、あげないか」「その学生にお説教するか、しないか」で4つのパターンが考えられます。「1、願いをかなえて、お説教もしない」「2、願いをかなえるけど、お説教もする」「3、願いはかなえてあげないが、お説教もしない」「4、願いをかなえず、お説教する」の4つです。
僕が横で見てると、4がすごく多いんですよね。小中高だけじゃなくて、大学でも。教師根性と言うのかな。せめて、2とか3にしてあげればいいんじゃないかと思うんだけど。説教好きな教師が多い。「願いを聞いてあげられない言い訳を、説教の形でする」という場合もあると思うけど。
K 分かります。ま、3が無難ですね。
W でも、大学当局というか上層部から見ると、1が一番良くない教師なんです。最近、特にその傾向が強い。「甘くて困る」「規則は規則だろう」みたいな感じで。大学教師に、警察官としての役割が求められてる。
K そうですね。
W 僕はたぶん1型の教師なんです。なぜそうなるのかと言うと、やっぱり長兵衛や太宰と同じで、「暗黙の了解」を認められない、破滅型の人間だからだと、自分では思ってるんですけどね。けっして人格温厚だからじゃない。そのあたり、どうでしょうね?
K そういう自己認識でしたか。傍からは、それが悪いことだとわかっていないだけかと思っていました。
W あはは。ひどいこと言うなあ。小池さんは「文七元結」、ほかに面白いところ、何かありましたか?
K 最初のほうでこの夫婦が服を奪い合うところが面白かったです。二人で一着しか持ってないんですね。
W 赤貧状態。歌舞伎の舞台でも、本当のあばらやでした。ところで、小池さんは落語とか、よく聞く方ですか?
K 好きですけど、そんなに聞かないですね。
W 特に好きな作品とかありますか?
K 僕は笑点の大喜利が好きです。
W 以前、大学の留学生担当の先生に聞いたんですけど、あれを見て笑えるようになると、日本語の上級者だって言ってました。それだけ、日本語として難しいそうです。
僕は、自分の好きなものが題材になっている落語をよく聞きます。囲碁、将棋、芝居、それに猫とか。古典落語は永井荷風が指摘していたように、江戸文化の香りがとても強く感じられますね。3年前、100日ほど入院してた時に、大学時代からの友人が、落語をテープに入れて持ってきてくれて、とても嬉しかったです。小池さん、落語家でお気にいりの人とかいるんですか?
K 今日よく出てきましたけど、やっぱり立川談志は好きですよ。落語だけじゃなく、書いたものとかも。
W そうですか。僕は先代の林家三平ですね。主に、1960年代、70年代に活躍しましたが、あんなテンションの高い落語家は、その後、見たことないです。舞台に出て来ただけで、おかしかった。新作落語が中心で、いつも同じようなネタばかり、やってましたけど。今、60歳以上ぐらいの人なら、だれでも知っていると思います。サービス精神満点で、「昭和の爆笑王」と言われていました。この間、記者会見で号泣した政治家にも、テンションの高さでは、ひけを取らなかったんじゃないかな。
20147月 東京・大泉学園にて)

<参考・引用文献>
三遊亭円朝   文七元結(鈴木行三校訂編集)1925
―――――   怪談牡丹灯籠  1925
太宰治     新釈諸国噺  1945
永井荷風    江戸文化論  1914
                     (以上  青空文庫より)

三遊亭円朝  怪談牡丹灯籠 岩波文庫  1955 
立川談志   新釈落語咄  中公文庫  1999
麻生芳伸編  落語百選 冬  ちくま文庫  1999
広瀬和生   談志の十八番  光文社新書  2013
矢野誠一   三遊亭円朝の明治  朝日文庫  2012
吉本隆明   悲劇の解読  筑摩書房  1979
渡辺保    増補版・歌舞伎手帳  角川ソフィア文庫  2012


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