2014年8月18日月曜日

第47章 下司味礼賛

--下司味礼賛(げすあじらいさん)」は俳優の古川緑波(ロッパ)が書いた食に関する随筆。1959年(昭和34年)の「悲食記」に収録された。緑波は戦前を代表するコメディアンの一人で、1903年(明治36年)東京生まれ。1961年(昭和36年)に58歳で亡くなった。(まとめー渡部)--

W 今回は、古川緑波(ロッパ)の「下司味礼賛」です。青空文庫をパラパラ見ていて、みつけました。小池さんは、彼のこと知ってましたか?
K いえ、まったく。
W この「下司礼賛」という随筆は、ちくま文庫の「ロッパの悲食記」という本でも読めますが、全部で4ページにしかなりません。とても短いものですね。読んでみて、どうでした?
K なんでこれを選んだのかなと不思議に思いました。
W そうですか。まず、僕はこの人の文章が好きですね。とっても軽くて、テンポが良い。あと食をテーマにした文章、料理を作る側では、北大路魯山人という人がいて、青空文庫にも112点作品が入っています。だけど、食べる側の文章、青空文庫にはあまりないんです。
今はグルメブームとかで、こうした食に関する文章が、ちまたにあふれていますが、昭和20年代頃までは少なかったようなんです。違った言い方をすると、この古川緑波という人の食に関する文章は、この分野の先駆けという性格が強い。パイオニアというのかな。
K なるほど。たしかに文章にリズムがあって読みやすいですね。

 宇野浩二著『芥川龍之介』の中に、芥川龍之介氏が、著者に向って言った言葉、
 ・・・君われわれ都会人は、ふだん一流の料理屋なんかに行かないよ、菊池や久米なんどは一流の料理屋にあがるのが、通だと思ってるんだからね。・・・・
 というのが抄いてある。
 そうなんです、全く。一流の料理屋というのは、つまり、上品で高い料理屋のことでしょう!そういう一流店でばっかり食べることが通だと思われちゃあ、敵(かな)わないと僕も思うのである、そりゃあ、そういう上品な、高い料理を、まるっきり食わないというのも、可笑しいかもしれない。たまにゃ、一流もよろしい。が、然し、うまい!って味は、意外にも、下司な味に多いのである。だから、通は、下司な、下品な味を追うのが、正当だと思うな。
 例えば、だ。天ぷらを例にとって話そう。
 (古川緑波「下司味礼賛」より)

W 上の引用は、この随筆の冒頭部分です。ここに出てくる菊池は、作家の菊池寛、久米は久米正雄です。ロッパは俳優になる前、菊池寛の下で文藝春秋社の編集者をしていました。映画雑誌の編集だったそうです。彼は美食家だったんですけど、下司な味、下品な味も良いと言ってるんですね。
K ええ。
W 芥川龍之介の「都会人」という言い方はどうなんでしょうね。
K どうって?
W 人がどこで生まれ育ったかが、その人のあり方を規定するという考え方ですが。ここでは、都会人と、そうじゃない人って分け方になると思いますけど。
K そういう言い方はとても魅力的なものなんだと思いますね。つい言いたくなっちゃうものです。
W ロッパについても、「いかにも東京の人」とか「都会人」と言いたくなっちゃうところがあります。次のところでは、天ぷらの食べ方についていろいろと書いているんですが、天丼が一番だと言ってます。

 然し、そういう、一流の上品な味よりも、天ぷらを食うなら、天丼が一番美味い。と言ったら、驚かれるだろうか。抑々(そもそも)、天ぷらって奴は、昔っから、胡麻の油で揚げてたものなんです。だから、色が一寸ドス黒い位に揚がっていた。それを、見た目が下品だとでも言うのか、胡麻の油をやめて、サラダ油、マゾラを用いるようになったのは、近年のことである。これは、関西から流行ったんだと思う。そして、近頃では東京でも、何処の天ぷら屋へ行っても、胡麻の油は用いない(或いは、ほんの少し混ぜて)で、マゾラ、サラダ油が多い。だから、見た目はいいし、味も、サラッとしていて、僕なんか、いくらでも食える。
 (同上)

W 胡麻油だけの天ぷらとか天丼とか、今は東京でもあまりないんじゃないかな。食べることのできる店をちょっと思いつきません。

然しだ、サラッと揚がってる天ぷら、なんてものは、江戸っ子に言わせりゃあ、場違いなんだね。食った後、油っくさいおくびが、出るようでなくっちゃあ、いいえ、胸がやけるようでなくっちゃあ、本場もんじゃねえんだね。ってことになると、こりゃあ、純粋の胡麻の油でなくっちゃあ、そうは行かない。だから、先っき言った天丼にしたって、胡麻でやったんでなくっちゃあーー此の頃は、天丼も、上品な、サラッとした天ぷらが載ってるのが多いが、それじゃあ駄目。      (同上)
丼の蓋を除ると、茶褐色に近い、それも、うんと皮(即ちコロモ、即ちウドン粉)の幅を利かした奴が、のさばり返っているようなんでなくっちゃあ、話にならない。その熱い奴を、フーフー言いながら食う、飯にも、汁が侵みていて、(ああ、こう書いていると、食いたくなったよ!)アチアチ、フーフー言わなきゃあ食えないという、そういう天丼のことを言ってるんです。
(同上)

W 本当に、おいしそうというか天丼食べたくなるような書き方です。東京・文京区の向丘に「天安」という天丼だけの店があって、あそこの天丼はおいしかった。まさに、胡麻油しか使ってなくて、大きな穴子が一本に、かき揚げやエビがのってました。味が濃くってね。今はもう、そのお店、無いんですけど。思い出すだけで、うっとりしちゃう。
K へえ、どの辺りだろ。
W 向丘の交差点のところでした。あそこから本郷三丁目にかけて、おでんの「呑喜」とか、カレーの「ルオー」、いくつかの日本蕎麦屋とか、おいしい店がたくさんありました。「呑喜」や「ルオー」はまだやってるんじゃないかな。
K 東大前駅の辺りですかね。
W 次の文章は、漫画家の東海林さだおさんが「カツ丼」について書いたものです。

「カツ丼」と聞いて興奮しない人はまずいまい。
数ある丼物の中でも、カツ丼の興奮度は高い。
「カツ丼」と聞いただけで興奮するのだから、目のあたりにしたときの興奮はその極に達する。 
そば屋などでは、カツ丼のフタを取って、馬のように鼻息を荒くしている人を数多く見かける。 
「ウーム、チクショウ。さあ殺せ」
と叫んでいる人もあちこちで見聞する。(しないか)
カツ丼という響きもいい。
カツドン。重厚にして篤実。豊潤にして剛直、実にその内容にマッチしたネーミングではないか。
最近はやりの、重箱入りの「カツ重」なんかとは格がちがう。
「ジュウ」などと、まるで火が消えるときのような音で、しまりがない。カツドンと「ドン」でしめくくったところが、まことに勇壮で思いきりがいい。
 (東海林さだお『キャベツの丸かじり』「カツ丼、その魅力」より)

W 僕は、天丼もカツ丼も、もう5年以上食べてないんです。夢の中では、よく出てくるんだけど、味は全然しないですね。このまま、鉄火丼も卵がけご飯も死ぬまで食べられないのかなあ。ご飯が恋しい。なんとかなりませんかね。
K さあ。
W つめたいなあ。

その絶対に上品でないところの、絶対に下品であり、下司であるところの、味というものは、決して一流料理屋に於ては、味わい得ないところのものに違いあるまい。
と、こうお話したら、大抵分って戴けるであろう、下司の味のよさを。天ぷらばっかりじゃない。下司味の、はるかに一流料理を、引き離して美味いものは、数々ある。おでんを見よ。
(古川緑波「下司味礼賛」より)

W おでんも僕の大好物です。このあいだ、東京が35度をこえた日に、二人で新宿の「お多幸」というおでん屋に行きましたよね。あの店に一緒に行くの、何度目でしたっけ?
K 2度目ですね。夏も悪くないですね。
W あそこのおでんは、味がとても濃くて、僕は大好きです。カウンターに坐って、小池さん、最初に変なもの注文したでしょ。おでんじゃなくて。
K なんでしたっけね。
W 茶碗蒸しじゃなかったかしら。変わってんなあ、と思いました。僕は豆腐と、がんもどきとハンペン。

おでんは、一流店では出さない。何となれば、ヤス過ぎるからであり、従って下品だからである。然し、おでんには、ちゃんと店を構えて、小料理なんぞも出来ますというようなところで食うよりも、おでんの他には、カン酒と、茶めし以外は、ござんせんという、屋台店の方が、本格的な味であろう。何(ど)うも近頃は、と年寄りじみたことを言うようだが、おでんのネタが、変ったね。バクダンと称する、ウデ卵を、サツマ揚げで包んだ奴、ゴボウ巻き、海老巻き、そんなものは、昔は無かったよ。おれっちの若い頃にゃあね、「ええ何に致しますかね?ちくわに、はんぺん、ヤツにガンモ」なんてんで、(ヤツは八つ頭。ガンモはガンもどきなり)「ええと、そいじゃあ、ガンモに、ニャクと願おうか」ってな具合いだったね。
(同上)

W たしかに味と値段って比例しないんだけど、比例するように思われているところ、ありますよね。本当は、すしのネタだって需給関係で値段が決まるんで、安いものがまずいわけじゃない。コハダや鯵のような光り物なんて、ずっと安かった。
K ええ。

一々めんどくさいが、ニャクとはコンニャクのことですよ。「へい、ちイっと、ニャクが未だ若いんですがーー」なんてな、若いてえのは、まだよく煮えていねえってことなんでがす。おでん屋の、カン酒で、ちと酔った。
酔って言うんじゃあ、ございませんが、おでんなんてものこそ、一流の店じゃあ、金輪際食えねえ、下司の味だと思いやすがね、何うですい?
(同上)
  
Wこのあたり、緑波がのって書いてるのがよく分かりますね。「酔って言うんじゃあ、ございませんが」だって。良いなあ、こういう文章書けたら。
K うん。

「おでんとツユ」の問題もいまだに解決されていない。
ぼくはおでんのツユが大好きなのだが、おでん屋のオヤジはなぜかあのツユをけちる。おでんのツユは実においしい。あれをたっぷり、ラーメンのツユのように飲んでみたい、といつも思っているのだが、オヤジはいつも少ししかツユをくれない。全然くれないオヤジもいる。
(東海林さだお『キャベツの丸かじり』「おでんに苦言」より)

W 上の引用は、また、東海林さんの文章です。たしかに、おでんのツユって、じゃぶじゃぶとはついでくれませんよね。
ところで、おでんのネタで言うと、小池さんは自分のことなんだと思います?
K なんですか?急に。
W 僕は、ハンペンなんですよね。好きなのは、がんもどきだけど。

ハンペンは孤独である。
と断定しておいて、さあ、その理由をいっしょに考えてみよう。
え?わたしもそのことについて考えなくちゃいけないの?などとそこであわてている君たち、君たちはすでにこのことに巻き込まれているのだ。
逃げようとしてももう遅いのだ。
さあ、いっしょに考えよう。
なぜハンペンは孤独なのか。
(東海林さだお『東海林さだおの大宴会』「ハンペンの孤独」より)       

W「ハンペンの孤独」ですからね、すごいイマジネーションだなあ。最近、「孤独な心」というのもあったけど。

 ハンペンの悲劇は、その白い裸身にある。白く生まれついた悲劇。
 ハンペンをようく見てみよう。
ハンペンの裸身は、雪のように輝くばかりに白く、柔らかく、そして傷つきやすい。清らかで、美しく、端然として気品に満ちている。
初めてハンペンを見る人は、これが食品か、と疑うほど清らかである。
さつま揚げには気の毒だが、いっしょに並べてみれば、その品位の差は悲しいまでに明らかだ。
ハンペンは、白い裸身に合ったそうした清らかな世界で生きてゆくべきであった。
なのに、彼の生きてゆく世界はおでんである。
おでん以外に生きていく世界はない。(おすましの世界もあるけどね)。
 ハンペンが、その清らかな白い裸身を、茶色く濁ったおでんのツユにズブズブと沈めていくときの気持ち・・・。
そうしてたちまちのうちにおでん色に染まっていくときの気持ち・・・。
それまでの純白の裸身には何の意味もなく、おでん色に染まって初めてその価値が生まれるという運命の皮肉。
(東海林さだお『東海林さだおの大宴会』「ハンペンの孤独」より)

W 僕は、小池さんも知っているように、3年ほど前、100日ほど大学病院に入院してたじゃないですか。その時、偶然部屋に来ていた研修医みたいな20代の女医さんが「Wさんは日本人としては、とても色が白いですね」と言ったんですよね。おもわず「ありがとうございます」と言ってしまったんだけど。「日本人としては」ですからね。国際的な評価というか。あの一言が、そのあと3年間の、僕の生きる支えになってきました。
K ふーん。
W だけど、我が身を東海林さんの言う「ハンペンの孤独」と考えてみると、思いあたることが随分あるなあ。「高貴に生まれついた不幸」というか。小学生の時、なんかのきっかけで、色の白いことを友だちに自慢したら「それは女の人だけなんだ」と言われたこともありましたね。あの頃から不幸だったんだ。
K そういうこと、何か妙に覚えてるもんですよね。
W そうですね。次いきましょうか。今度は、菓子パンの話です。

パンの話で思い出した。
近ごろーーと言って、これは一体、これは一体、何時ごろから売っていたものなのだろうーーカレーパンだの、コロッケパンというものがある。少なくとも、これは僕らの若き日には、見たことがない。見た目からして、駄パンである。(駄菓子の駄の字なり)
多く、学生たちが、お昼に食ったり、遠足などに持って行くものらしいが、お値段が、一個十円なんで、これは、安い。
カレーパンというのは、カレーライスの上にかかっている、カレー汁を、パンで包み、それを、ドーナッツの如く揚げてあるのだが、兎に角これが十円は安い。甘いような、辛いような、馬鹿にされたような味であるが、この値段を思えば、実に、上等な食物であろう。
コロッケパンも、店によるだろうが、僕の食ったのは、とても美味くて、やっぱり一個十円だった。
 駄パンも亦(また)、よきかな。
 (古川緑波「駄パンその他)

このパンがまたまた安物のパンで、ヤキソバが下司ならパンも下司、食べてるわたしも下司でげす、と、どんどん自分が下品になっていくのが楽しい。
人間には“堕ちていく快感”があるとわたしは信じているのだが、この快感はヤキソバパンによって簡単に味わうことができる。
ヤキソバパンによってこうしてダメになっていくわたし・・・。
(中略)
ほんのちょっぴりの、この紅生姜のひとときがとても嬉しい。
紅生姜なんかにこんなに感激しているダメになってしまったわたし・・・。
(東海林さだお『東海林さだおの大宴会』「ヤキソバパンの悦楽」より)

W どうですか、このあたり?
K この人たちよりも自分にはもっと日常的なものですね。コロッケパンもヤキソバパンも。
W そう言われてみると、僕はコロッケパンもヤキソバパンも食べたことないですね、一度も。炭水化物の量が半端じゃないだろうな、きっと。 
東海林さんの文章、途中では、「ダメになっていくわたし」と言ってるのが、最後の紅生姜のところでは、「ダメになってしまったわたし」になってるんですよね。なんて芸が細かいんだろう。
 「天丼・カツ丼」「おでん」「菓子パン」について、古川緑波と東海林さだおの文章を並べて見てきたわけですけど、3つとも、緑波の言う「下司の味」ですよね。二人の文章を比較してみると、どんな感じですかね。
K どうでしょう。
W 東海林さだおさんの「丸かじり」シリーズはもう36冊出ていて、食の随筆の分野では圧倒的な存在感を見せています。この分野は、古川緑波が盛んにして、東海林さだおが完成させたとも言えるんじゃないかな。僕は活字を読んで楽しい気分になりたい時は、いつも東海林さんの文章を読むことにしています。
古川緑波(ロッパ)の作品は、青空文庫に現在21点、入っています。今回の「下司味礼賛」や「駄パンその他」のような食に関する随筆が16点、「古川ロッパ昭和日記」が5年分、5点入っています。実は、この「昭和日記」が大変面白いし、資料的な価値も高いんです。

 一月五日(木曜)
 十二時座へ入る、超満員、社長より「遠山は面白くないから、二の替りを出して狂言を替へては」と言って来たが、さうもなるまいから、大詰だけ面白く直させようと思ふ。又、あきれたぼういずの坊屋三郎トチリ、心がけがよくないな。昼終ると、支那グリル一番から五目めしと焼売とって食べる。楽屋の食事は全くはかない。夜の部、超満員、よく笑ふ、客は元日あたりより質がよくなっているやうだ。「遠山」も「新婚」も、すっかりハコに入りまとまって来た。「フォリース」音楽がはづまないのでワーッと盛り上らない。ハネ十時十分、十一時帰宅、食事。
(古川ロッパ昭和日記05 昭和十四年より) 

W 日記って、自分だけが読むつもりで書いた備忘録のようなものと、人に読んでもらうことを前提に書いたものと2通りあると思いますけど、この「昭和日記」は前者なんです。永井荷風の「断腸亭日乗」もそうですけど。人に見せるつもりがないから、気がねなく書きたい放題に書いています。作家で言うと、高見順や伊藤整が戦争中に書いた日記なんかも自分のためだけの日記ですね。
K へえー。
W この「昭和日記」は昭和35年まで書き継がれています。青空文庫で公開に向けて作業中のものが21点、21年分あるようです。これも是非、早く読んでみたいです。公開中の5年分だけでも、ずいぶん読みごたえがありますが。自分が座長をつとめる芝居にまつわる話が中心ですが、食べ物のことも日記によく出てきます。
最近、山本一生著「悲しすぎるぞ、ロッパ   古川緑波日記と消えた昭和」(講談社)という単行本も出ました。445ページもあるんです。まだ、よく読んでいませんが。
K もともと、古川緑波というのは、どんな人だったんですか。
W 作家の小林信彦さんに「日本の喜劇人」という本があります。13章構成なんですが、その第一章が「古川緑波  丸の内喜劇の黄金時代」になっています。第二章が榎本健一、第三章が森繁久弥と続いて、終章では萩本欽一やビートたけしが取り上げられています。エノケンや森繁をはじめとして、この本に登場する喜劇人は、ほとんど全部知っていたんですけど、この古川ロッパのことだけは、よく知りませんでした。
そこで今回、映画を二つ見てみました。「珍説忠臣蔵」(1953年)と「音楽五人男」(1947年)です。ロッパは「忠臣蔵」では大石内蔵助の役ですし、「音楽五人男」でも主役でした。ただ、特に面白いことをやったり、しゃべったりということはなかったですね。座頭というか、まとめ役という感じかな。
K はあ。
W どちらの映画も、話の途中で、登場人物が突然歌い始めたりして、おもしろかったですよ。ミュージカルやオペラみたいで。ロッパも歌います。今、日本の映画では、ほとんどないですよね、突然歌い始めちゃうの。もっと、作ればいいのに。能や歌舞伎だって音楽劇ですものね。
K はい。
W それに「忠臣蔵」の方では、アチャコとエンタツのコンビが、突然漫才始めちゃったりしてね。とてもシュールです。話の筋なんて関係なくなる。花菱アチャコは、僕が子どもの頃、NHKのラジオで「お父さんはお人好し」という番組をやっていて、毎週必ず聞いてました。すごく印象に残っています。ラジオドラマというのも、神経を集中して聞けて面白かったんですね。今でもあるのかな。
K ありますよ。
W そういえば、「ラジオの時間」って映画がありましたね。あれはおもしろかった。 
結局、この「珍説忠臣蔵」と「音楽五人男」という2つの映画だけでは、古川ロッパの芸がなぜ面白いのか、よく分からなかったんですけどね。
K うん。
W それからロッパは、演劇全体に並々ならぬ関心を持っていて「劇書ノート」という本を書いています。芝居に関する本を250冊読んで書評したものです。映画や落語も含んでいるんですけど、これも「昭和日記」と同じで、もともとは自分のためのメモ書きのようなものだったんだと思います。的確で、人の悪口なんかもいろいろ書いています。遠慮がないというか。
本の帯には、「早すぎたブックコメンテイター古川緑波の世界」と書いてあるんですけど。「早すぎた」って緑波のキーワードじゃないかな。この本、僕にはとても参考になりました。「演劇関係の本って、こんなにいろいろあったんだ」って驚きました。下の引用は演劇評論家・戸板康二の「俳優論」についての書評の一部です。

大正生れの若い人が、こうも歌舞伎に打ち込んでいるという驚きは、此の本を読んでいる間、ずーっと去らなかった。(中略)
「尾上菊五郎論」「中村吉衛門論」も、実によく芝居を見た、丁寧親切な論で、三宅周太郎氏の情熱とは、又別な、真剣さが感じられた。
「市川左団次論」で、左団次の芸風を、
,<<塩をつけなくては食べられぬ茹玉子のような所がある。>>
うまい。
(古川緑波『劇書ノート』戸板康二「俳優論」の評より) 

W ところで、先月の終わりに、僕たちのブログの一部をまとめた『青空文庫で社会学――「孤独な心」をめぐる15章』いう本が出ましたが、小池さんのまわりで評判はどうですか?
K まだあんまり聞こえてきません。
W 前に出した本より「Wさんが一層かわいそうなことになってる」という声は聞きますね。「おでん鍋の中で、さつま揚げにいじめられているハンペン」というところかな。
K そうですか。
W ブログとの違いを言うと、小池さんが編集を担当してくれていて、「社会学的に見て、ここの会話はこういう意味だ」とか、いろいろと補ってくれたあたりですね。その分、わかりやすくなっています。僕は社会学的な意味とか全然考えないで、しゃべり散らしていただけなんだけど。あなたの方が社会学のこと、よく知ってますね、30も若いのに。
K あんまり舞台裏の話はいいでしょう。
W あと、各章にキーワードとか小見出しとか、注とかも付けてもらって読みやすくなりました。第1章の「桜桃(太宰治)」のところで言うと「家庭のエゴイズム」「生きるという事は、たいへんな事だ」「弱いところだけが強みである」という3つの小見出しがついています。「進め電波少年!」や「ガリタ食堂のガリタさん」とかにも注が付いていて、ちょっと驚きましたけど。これで、印税半々というのは悪かったけど、しっかりもらいました。

20148月 東京・大泉学園にて)

<参考・引用文献>
古川緑波  下司味礼賛  1959
――――  駄パンその他 1959         
――――  古川ロッパ昭和日記(昭和9年、11年、12年、13年、14年版)2007
永井荷風  断腸亭日乗 19171921 、1993,         
(以上  青空文庫より)

古川緑波  ロッパの悲食記 ちくま文庫  19591995 
――――  劇書ノート  筑摩書房 19531985
――――  古川ロッパ「あちゃらか人生」(人間の記録55)日本図書センター 1997
山本一生  哀しすぎるぞ、ロッパーー古川緑波日記と消えた昭和  講談社 2014
小林信彦  日本の喜劇人 新潮文庫 19771982
矢野誠一  エノケン・ロッパの時代  岩波新書  2001
東海林さだお  キャベツの丸かじり  朝日新聞社 1989

――――――  東海林さだおの大宴会  朝日新聞社 2002

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