2014年9月17日水曜日

第48章 博物誌

--博物誌」はフランスの作家、ジュール・ルナールが1896年に書いた動物についての随筆集。70の断章から出来ている。ルナールは1864年生まれで、1910年に46歳で亡くなった。他に「にんじん」「ぶどう畑のぶどう作り」などの作品がある。20年以上にわたって書きつがれた「日記」も死後発表され、多くの読者を得た。(まとめ・渡部)--

W 今回は、フランス人の小説家、ルナールの「博物誌」です。1896年というから、今から120年くらい前の作品ですね。小池さんはルナールのこと、なにか知ってましたか?
K 「にんじん」は昔読んだことがあります。それ以外はあんまり。
W この「博物誌」というエッセー集はどうでした?
K なんだか変わった随筆ですね。
W この作品は、「孔雀」「鳩」「犬」「兎」など動物の名前のついた多くの断章からできています。「ひなげし」「葡萄畑」「庭の中」といった動物以外の名前がついた章も、いくつかありますが。
K はい。
W 新潮文庫からも、同じ岸田国士・翻訳の「博物誌」が出ているんですが、本文だけでも220ページあるんですよね。最初、青空文庫で見つけた時、こんなに長い作品だとは気がつきませんでした。一つ一つの章は短いものが多いんだけど、やはり70も集まると長くなりますね。
K ルナールという人は、どんな特徴を持った作家だったんでしょうか?
W 芥川龍之介の「文芸的な、あまりに文芸的な」という文章や、小林秀雄の評論にも出てきますが、ここでは、ルナールの翻訳をいくつも手掛けた岸田国士さんの言葉を紹介しておきましょう。彼はルナールを「聡明なペシミスト」「『自分も人間でありながら、その人間が自分を人間嫌いにする』という人間」「人間の愚かさを笑う人」「真実らしさのうちに醜さを見出す人」「半分だけ云って、あとはわかったろうと云い兼ねない人」「ものの急所を掴もうとする人」などと書いています。
余談ですけど、岸田国士の文章は青空文庫に637点も入っています。多分、収録された文章が一番多い人じゃないかな。翻訳や演劇関係の評論が中心ですけど、小説や戯曲も書きました。前回の古川ロッパのことを書いた文章もあります。女優の岸田今日子のお父さんです。
K そうなんですね。
W 最初に紹介するのは「猫」です。70項目中の11番目に出てきますが、全部を引用してみます。


  猫
 私のは鼠を食わない。そんなことをするのがいやなのだ。つかまえても、それを玩具にするだけである。 
 遊び飽きると、命だけは助けてやる。それからどこかへ行って、尻尾で輪を作ってその中に坐り、拳固のように格好よく引き締った頭で、余念なく夢想に耽る。
 しかし、爪傷がもとで、鼠は死んでしまう。
 (ルナール「博物誌」「猫」より) 

W なんか、ツイッターの字数制限もクリア―しちゃいそうな短さだけど、猫の本質を見抜いている文章ですね。「余念なく夢想に耽る」だって。無口な哲学者で、残酷なところもあるけど、決して人に迎合しない。小池さんは、猫、どうでしたっけ?猫アレルギーだったっけ。猫が近くに来ると、くしゃみが出るとかいう。
K そうです。猫の毛アレルギー。
W 僕は昔から動物のうちで一番好きなんですよね、猫。少なくとも人間よりは好きだなあ。今、住んでる所が共同住宅で、飼えないのが残念なんですけど。子どもの頃は、いつも一匹、家にいましたね。どの猫も「ピンちゃん」だったけど。大学にも、以前はよく住みついていて、坐り込んで話しとかしてました。最近は、めっきり減ってしまいましたが。
K そうですか。減っているんですか。
W 昭和30年代の東京だと、犬も猫も一匹で普通に歩いてましたね。そのあと、まず犬が街から消え、それから猫が消えてしまいました。NHKで、写真家の岩合光昭さんが世界中の猫を撮りに行って、猫を写すだけで作っている一時間番組があるけど、東京や横浜じゃあ絶対に作れませんよね、あの番組。なにしろ、街に猫がいないんだから。僕は、あの番組をビデオに撮って、一番遅いスローモーションで見てると、退屈しませんね。一日がすぐたってしまう。
K え、それで一日ですか。
W そう、そう。のどかでいいでしょ。「猫と私」。世界の中でも、日本の都会の状況は、かなり特殊だと思いますけど。「猫が一匹で街の中を歩いちゃいけない」って、どこでだれが決めたんですかね。そのあたりの研究ってないのかな。
K 猫がいる街もまだありますけどね。谷中とか。
W 公園で鳩に食べ物やっただけで怒られるし。糞公害だとか言われて。極端な人間中心主義ですよね、今の日本の社会は。「人間あっての動物」という考え方というか。動物の都合や意向なんて全然考えない。人間さえ、よければいい。動物の革命でも起きたら、みんな処刑されちゃいますね、多分。
K 最近大田区の公園で猫が殺されているって事件もありましたね。
W まあ、嫌いな人もいるんでしょうね、確かに。僕の場合、家で飼えないし、大学や道ばたでも出会わないから、このままだと、大好きな猫に、ほとんど会えずに死んでいくことになりそうです。さすがに「猫喫茶」とかには行きたくないし。
K お得意の「テレビで満足する」で乗り切るしかないですね。
W 次に「博物誌」の中から、短い項目を8つあげてみます。「蟻」だけは、12とあるうちの1だけですが、残りの7項目は全文です。全く省略していません。

  驢馬(ろば)
大人になった兎。
              (同上「驢馬」より)

  鼬(いたち)
 貧乏な、しかし、さっぱりした品のいい鼬先生。ひょこひょこと、道の上を往ったり来たり、溝から溝へ、また穴から穴へ、時間ぎめの出張教授。
                (同上「鼬」より)
 
  蚯蚓(みみず)
 こいつはまた精いっぱい伸びをして、長々と寝そべっているーー上出来の卵饂飩(たまごうどん)のように。
                (同上「蚯蚓」より)

  蛇
 長すぎる。 
                 (同上「蛇」より) 

  蝶
 二つ折りの恋文が、花の番地を探している。
                  (同上「蝶」より)

  蟻(あり)
 1
 一匹一匹が、3という数字に似ている。
 それも、いること、いること!
 どれくらいかというと、333333333333・・・・・ああ、きりがない。
                   (同上「蟻」より)     

  蚤(のみ)
 爆機(ばね)仕掛けの煙草の粉。
               (同上「蚤」より)

  あぶら虫
 鍵穴のように、黒く、ぺしゃんこだ。
               (同上「あぶら虫」より)

W 言われてみると、たしかにロバと兎って形が似てますよね。それから、蛇について書かれた「長すぎる」というのが、一番短い項目なんですね、70個のうちで。皮肉なことですが。
K ほかに何も書く気にならなかったのかな。
W あはは、そうですね。あと「蟻」の3という数字を12個も並べたところなんてシュールじゃありません?120年も前にこんな斬新な表現の試みがなされていた。僕は蟻、苦手なんで、この数字見ただけで、むずむずしてくるんだけど。
K へえ、蟻苦手なんですね。それはいいことを聞きました。
W 大きな蟻のぬいぐるみとか、いりませんからね、絶対。あと、お店に並んでいる魚の顔もダメなんです。見つめられると怖い。まあ、だれでもなんかありますよ。
次は70項目中の3番目に出てくる「雄鶏 1」の全文です。2はまた違う話になっています。

  雄鶏
 1
 彼は一度も鳴いたことがない。一晩も鶏小屋で寝たことがなく、それこそ一羽の雌鶏さえ知らなかった。
 彼のからだは木でできていて、原の真ん中に鉄の脚が一本ついている。そして、もう何年となく、今ではとても建てられそうもない天主堂の上で暮らしている。それはちょっと納屋みたいな建物で、その棟瓦の線はまず牛の背中と同じくらいまっすぐである。
 ところで、今日、その天主堂の向こうの端に石屋の連中が姿を現わした。
 木の雄鶏はじっと彼らの方を眺めていると、そのとき急に風が吹いて来て、無理やり後ろを向かされてしまう。
 で、それから振向いて見る度に、新しい石が積み上げられては、眼の前の地平線を少しずつ塞いで行った
 やがて、じっと首を持ち上げながら、よく見ると、やっとできあがった鐘楼のてっぺんに、今朝まではそんな所にいなかった若い雄鶏が一羽止っている。どこから舞い込んで来たか、こやつは、尻尾をはね上げ、いっぱし歌でも歌えそうに口をあけ、そして片方の翼を腰のところに当てたまま、どこからどこまでも新しく、陽の光をいっぱいに受けて輝いている。
 まず、二羽の雄鶏はぐるぐる回る競争をする。しかし、古い木の雄鶏はすぐ力が尽きて負けてしまう。一本しかない足の下で、梁が今にも崩れ落ちそうになっている。彼は危うく倒れようとして、体を突っ張りながら前へのめる。彼は軋み、そして止る。
 すると、今度は大工たちがやってくる。
 彼らは天主堂のこの虫のついた部分を取り壊し、その雄鶏を下ろして来ると、それを持って村じゅうを練り歩く。誰でも祝儀さえ出せば、そいつにさわっていい。
 或る連中は卵を一つ、或る連中は銅貨を一枚出す。ロリオの奥さんは銀貨を一枚出す。
 大工たちはたらふく酒を飲み、それからめいめいその雄鶏の奪い合いをした揚句、とうとうそいつを焼いてしまうことに決める。
 彼らはまず藁と薪束を積み上げて雄鶏の巣を作ってやり、それから、火をつける。
 木の雄鶏はぱちぱちと気持ちよく燃え、その炎は空に昇って、彼はちゃんと天国にたどりつく。
                (同上「雄鶏」より)

W これは、屋根の上の風見鶏の話ですね。「木でできていて」というところで、ぎょっとしました。
K 最初はどっちだかよくわからないですね。
W 老いた木製の雄鶏の運命、身につまされます。人間も同じようなもんです。
K そうかもしれませんね。
W 有島武郎が、オスカー・ワイルドの「幸福の王子」を自由に翻案した「燕と王子」という小説があって、青空文庫にも入っていますが、最後のところは、この「雄鶏 1」に似ています。これもいい話でね。
 最後の「彼はちゃんと天国にたどりつく」というところでは、宮沢賢治の「よだかの星」という作品も連想しましたけど。
K たしかに「幸福の王子」とちょっと似てますね。
W 次は「七面鳥 1」の全文です。

  七面鳥
 1
 彼女は庭の真ん中を気取って歩き回る。あたかも帝政時代の暮しでもしているようだ。
 ほかの鳥たちは、暇さえあれば、めったやたらに、食ってばかりいる。ところが、彼女は、ちゃんと決った時間に食事をとるほかは、絶えず姿を立派に見せることに浮身をやつしている。羽には全部糊がつけてある。そして尖った翼の先で地面に筋を引く。自分の通る道をちゃんと描いておくようだ。彼女は必ずその道を進み、決してわきへは行かない。
 彼女はあんまりいつも反り身になっているので、自分の脚というものを見たことがない。
 彼女は決して人を疑わない。で、私がそばへ寄って行くと、早速もう自分に敬意を表しに来てくれたつもりでいる。
 もう、彼女は得意そうに喉をぐうぐう鳴らしている。
 「畏れながら七面鳥の君」と私は彼女に言う。「君がもし鵞鳥か何かだったら、僕もビュッフォンがしたように君の讃辞を書くところさ、君のその羽を一枚拝借してね。ところが、君はただの七面鳥にすぎないんだ」
 きっと私の言い方が気に障ったに違いない。彼女の頭にはかっと血が上る。嘴のところに癇癪の皺が垂れ下がる。彼女は今にも真っ赤に怒り出しそうになる。で、その尾羽の扇子をぱさりと一つ鳴らすと、この気むずかしやの婆さんは、くるりと向うをむいてしまう。
           (同上「七面鳥」より)    
 
W 自分の知人を観察してるようなまなざしですね。「気むずかしやの婆さん」だって。爺さんもいるのかな。
K そういうことではないですね。
W ここのところ、同じフランスの作家のサン=テグジュペリが書いた「星の王子様」に出てくる、わがままなバラの花の話を連想しました。だけど、ルナールの表現の方がより辛辣な感じがしますね。サン=テグジュペリには、もう少し愛情と言うか、相手をいとおしむ心がある。二人とも典型的な人間嫌いだと思うけど。
 次に「馬」と「鹿」から抜粋した部分を見てみましょう。

彼を見ていると、私は心配になり、恥ずかしくなり、そして可哀そうになる。
 彼はやがてその半眠状態から覚めるのではあるまいか?そして、容赦なく私の地位を奪い取り、私を彼の地位に追い落とすのではあるまいか?
 彼は何を考えているのだろう。
 彼は屁をひる。続けざまに屁をひる。
                 (同上「馬」より)

 鹿はじっと耳をかしげて、胡散臭そうに私の言葉を聴いていた。私が口を噤(つぐ)むと、彼はもう躊躇しなかった。一陣の風に、樹々の梢が互いに交差してはまた離れるように、彼の脚は動いた。彼は逃げ去った。
 「実に残念だよ!」と、私は彼に向って叫んだ。「僕はもう、二人で一緒に道を歩いて行くところを空想していたんだぜ。僕の方は、君の好きな草を、自分で手ずから君に食わせてやる。すると、君は、散歩でもするような足どりで、僕の鉄砲をその角の枝に掛けたまま運んで行ってくれるんだ」 
                   (同上「鹿」より)

W ここでは、馬と鹿が対比的に扱われているんですよね。馬は人間に飼われて、おとなしく人間の命令のままに従っている。その馬に対して「心配」「恥ずかしい」「可哀そう」という感情をルナールは持ちます。「どうしてそんなに従順なんだろう。何か、勘違いしてるんじゃないか」という疑問ですね。
 それに対して、野生の鹿と自分との関係は、どこまで行っても対等です。ただただ、仲良くなりたいという感情が前面に出てきます。僕が街の中で見知らぬ猫と遭遇する時の気持と同じですね。ルナールの鹿同様、すぐに逃げられてしまいますけど。
K はあ。
W 奈良公園や宮島の厳島神社での鹿との対面もこんな感じですね。鹿と人間が対等に出会える。どちらもお気に入りの場所で、僕は何度も行きました。知り合いの女性に「まあ!きたないじゃないの」と言われて、がっかりしたこともありましたけど。
K 鹿がですか?
W そうそう。別にきたなくないよね。
次の「鳥のいない鳥籠」には、少年と鳥籠の絵がついています。文中のフェリックスが、その少年でしょう。ルナールの自伝的な小説「にんじん」のなかで主人公のお兄さんの名前が、やはりフェリックスになっているんですけどね。

鳥のいない鳥籠 
 フェリックスは、人が鳥を籠のなかなんかに閉じこめておく気持ちがわからないと言う。
「誰でも言うじゃないか、花を折り取るのは罪悪だって」と、彼は言う。「とにかく、僕などは、茎についたままでなきゃ、花を眺めたいとは思わないね。だから、それとおんなじさ。鳥ってやつは飛ぶように出来てるんだ」
 そんなことを言いながら、彼は鳥籠を一つ買う。それを自分の窓に掛けておく。籠の中には、毛綿で作った巣と、草の実を入れた皿と、綺麗な水をしょっちゅう取換えてあるコップとが置いてある。おまけに、ぶらんこや小さな鏡まで取りつけてある。
 で、人が驚き顔で訊ねるとーーー
「僕はこの鳥籠を見るたんびに、自分の寛大さを嬉しく思うのさ」と、彼は言う。               
「この籠には鳥を一羽入れたっていいわけだ。それをこうして空っぽにしとく。万一、僕がその気になったら、たとえば茶色の鶫(つぐみ)とか、ぴょいぴょい跳び回るおめかし屋の鷽(うそ)とか、そのほかフランス中にいろいろいる鳥のどれかが、奴隷の境遇に落ち込んでしまうんだ。ところが、僕のお陰で、そのうちの少なくとも一羽だけは自由の身でいられるんだ。つまり、そういうことになるんだ」
                  (同上「鳥のいない鳥籠」より)   

W どうでしょうね、このあたり?
K かなりおかしな人ですね。
W そうかなあ。僕はよくわかるけど、この少年の気持。
結局、ルナールの「博物誌」は、どこまで行っても、自分と動物との関係を描いているんですよね。動物だけにスポットライトをあてるんじゃなくて、「私」が前面に出てくる。     
作家の筒井康隆に「私説博物誌」という作品があって、「タランチュラ」「カッパ」「ヒト」など50の項目からできていますが、本家のルナールの「博物誌」もやはり「私説」なんです。客観的・科学的に生物の生態をあきらかにしようとしたものではない。
だから「私の猫」であったり、「私の七面鳥」であったりと、描く対象物も個体であることが多い。種としての猫や七面鳥を描いたんじゃなくて、「私が自分の身近にいる動物をどうとらえたのか」という観察記録。
今回は、僕が勝手に選ばせてもらいましたが「70の項目の中から好きなものを数個選んでください」と言われたら、人によって、まったく違った項目を選ぶんじゃないかしら。
それからこの作品は、散文詩という性格も持っています。岸田国士さんは、あとがきで、フランスの小・中学校では書き取りの問題にもよく出題されると書いていますが。
K へえ、書き取り問題ですか。
W 「もっとも正しいフランス語、という定評がある」とも言ってますね。同時に、ルナールの、ペシミスティックで人間嫌いなところも充分にうかがわれる作品になっていると思います。
最後に「蝙蝠(こうもり)」という項目を取り上げましょう。後半の部分だけの引用ですけど。

 私の女友だちは顔を隠す。私は私で、不潔なものにぶっつかられるのを恐れて、頭を外らす。
 人々の言うところによれば、彼女らは、我々人間の恋にも勝る熱情をもって私たちの血を吸い、ついに死に至らしめるという。
 とんでもない話である!
 彼女らはちっとも悪いことはしない。私たちのからだには決してさわらないのである。
 夜の娘である彼女らは、ただ光を嫌うだけである。そして、そのちっぽけな葬式用の襟巻でそばを掠(かす)めて飛びながら、蝋燭(ろうそく)の灯を探し出してはそれを吹き消すのである。
        (同上 「蝙蝠」より)

W 蝙蝠は、何も悪いことしてないのに、人間からは忌み嫌われていると言っていますね。「夜の娘」とか「光を嫌う」とか書かれています。
K はい。
W 僕はここを読んでいて、太宰治が1940年に書いた「俗天使」という短編小説を思い出しました。

さっきから、煙草ばかり吸っている。
「わたしは、鳥ではありませぬ。また、けものでもありませぬ。」幼い子供たちが、いつか、あわれな節をつけて、野原で歌っていた。私は家で寝ころんで聞いていたが、ふいと涙が湧いて出たので、起きあがり家の者に聞いた。あれは、なんだ、なんの歌だ。家の者は笑って答えた。蝙蝠の歌でしょう。鳥獣合戦のときの唱歌でしょう。「そうかね。ひどい歌だね。」「そうでしょうか。」と何も知らずに笑っている。
 その歌が、いま思い出された。私は、弱行の男である。私は、御機嫌買いである。私は、鳥でもない。けものでもない。そうして、人でもない。きょうは、十一月十三日である。四年まえのこの日に、私は或る不吉な病院から出ることを許された。きょうのように、こんなに寒い日ではなかった。秋晴れの日で、病院の庭には、未だコスモスが咲き残っていた。あのころの事は、これから五,六年経って、もすこし落ちつけるようになったら、たんねんに、ゆっくり書いてみるつもりである。「人間失格」という題にするつもりである。
  (太宰治「俗天使」より)

W 実際に「人間失格」という小説を書いたのは、1948年(昭和23年)だから、「俗天使」の8年後でしたけどね。「人間失格」は太宰の代表作ですが、戦後になって、急に考えついたわけじゃなくて、何年も前から構想を持っていたわけです。そのことは「俗天使」の、ここの部分を読むまで知りませんでした。「不吉な病院」に入れられたことのショックはやはり大きかったんですね。
K ありましたね、こんな話。
W それから、「俗天使」を書いているのも、病院から出ることを許されたのも、十一月十三日なんですよね。僕の誕生日。偶然だけど。
K そうみたいですね。
W ルナールの場合だと、人々に嫌われている蝙蝠を暖かく見守ろうとするんだけど、太宰だと自分が蝙蝠になっちゃう。蝙蝠を自分のこととして考える。なにか犯罪が起きたときに、自分を加害者の立場において考える視点ですね。ラジカルだなあ。
K 飛躍ですね。
W 吉本隆明さんの『悲劇の解読』という本の太宰治の章でも、「俗天使」の上記の部分を引用しています。「未だコスモスが咲き残っていた」までですが。そのあと、次のような評論が続きます。

 作品の具象的な理解にはいるまえに「わたしは、鳥ではありませぬ。また、けものでもありませぬ。」という唱歌の言葉にはっと気がつき、その言葉に気がついて驚いて起きあがる「私」の感受性に共鳴ができるといった心の状態が、太宰治の作品がわかるということであった。この唱歌の言葉の匂いを嗅ぎわける「私」の不幸な心に共感できるかどうかが、いわば信者の印のようにかれの作品が読者に迫る選択であった。この特有の体験を記しておかなければ、かれの作品をまじめくさって論じても仕方がないことになる。
 自分は鳥でもない、獣でもないという鳥獣合戦の唱歌を、所属喪失感として読みかえる不幸な感性がありうる。これがかれの作品が隠密裏に読者に迫る入信の印のようなものであった。
   (吉本隆明『悲劇の解読』7-8ページ「太宰治」より)     

W どうですか、このあたり?
K 太宰の作品の中心に所属喪失感があるっていうのは共感できますね。
W 所属のはっきりしない蝙蝠の存在が、太宰の気持にぴったりだったんでしょう。「私は鳥でもない、けものでもない、そして人でもない」ですからね。
                       (20149月  東京・大泉学園にて)
 
<参考・引用文献>
ルナール  博物誌(岸田国士訳)18961904
――――  にんじん(岸田国士訳)1894
岸田国士 「博物誌」の序に代えて 1939
――――  博物誌あとがき 1951
――――  ジュウル・ルナアル 1929
――――  武者小路氏のルナアル観 1924
――――  ロッパの「楽天公子」 1937
芥川龍之介 文芸的な、あまりに文芸的な 1927
有島武郎  燕と王子 1926
宮沢賢治  よだかの星 1921
太宰治   俗天使 1940
―――   人間失格 1948
                           (以上  青空文庫より)

ルナール  博物誌(岸田国士訳) 新潮文庫 189619041954
――――  ぶどう畑のぶどう作り(岸田国士訳)岩波文庫 18941938    
――――  ルナール日記(一)(18871893)(岸田国士訳)新潮文庫 188718931954        
吉本隆明  悲劇の解読  筑摩書房 1979
筒井康隆  私説博物誌  新潮社 1980  


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