2014年3月15日土曜日

第42章 風の又三郎

--風の又三郎」は詩人で作家の宮沢賢治の短編小説。彼の死後の1934年(昭和9年)に発表された。東北地方の小学校を舞台に、転校生をむかえた子どもたちの日々の生活を描いている。(まとめ・渡部)--

W 今回は、宮沢賢治の作品「風の又三郎」です。岩波文庫で55ページあります。少し長めの短編小説ですね。宮沢賢治は、1896年(明治29年)生まれで、1933年(昭和8年)に37歳で亡くなっています。現在、宮沢賢治の作品は、青空文庫で275点読めます。小池さんは宮沢賢治、読んだことありましたか?
K ええと、微妙ですね。
W 僕は子どもの頃、母親が「注文の多い料理店」の入った絵本を読んでくれたことを覚えています。残酷だけど面白くて、なかなか忘れられないストーリーでした。
でも、印象がいちばん強かったのは、「雨ニモマケズ」という詩ですね。どんなきっかけで読んだのかは忘れましたが。子ども心に、とても衝撃を受けました。「言葉を失う」というか。
K 「注文の多い料理店」とか「銀河鉄道の夜」とか「やまなし」とか、よく知っている話は多いのですが、はっきりと読んだことがあるものとないものを区別するのが難しいです。
W 井上陽水に「ワカンナイ」という歌があるじゃないですか。1980年代に作られて、今でもユーチューブで簡単に聞けますけど。あの歌は「雨ニモマケズ」という詩への違和感を表明してると思います。だけど、やはり陽水にも、あの詩を聞いて言葉を失った経験があったんじゃないかしら。共感と、とまどいと、違和感。
K あるじゃないですかと言われても知りません。
W 陽水の歌を知った時、自分が「雨ニモマケズ」という詩にもっていた、もやもやの正体がわかったように感じました。だけど、いまだに「雨ニモマケズ」と「ワカンナイ」の間を自分が揺れ動いているようにも思えます。博愛や利他の世界と自己の世界。どちらもすごい作品だと思いますけどね。片方だけを選べないというか、どっちも良い。
K なんか熱いですねえ。
W 宮沢賢治の作品では、もう一度、言葉を失った経験がありました。「銀河鉄道の夜」という小説です。僕は30代になってから、はじめて読んだんですが。文芸評論家の吉本隆明は、賢治の中で最も良い作品で、「20世紀に世界中で書かれた文学作品の中でも指折りのもの」という評価を下しています(吉本隆明「宮沢賢治の世界」)。
あの小説に影響を受けた日本映画とか、たくさんあると思うなあ。
K 「銀河鉄道999」ですね。
W 金子修介監督の「1999年の夏休み」という映画もそうだと思うけど。あれは、萩尾望都の「トーマの心臓」というコミックを翻案したものだと言われていて、それは間違いなくそうなんだけど、この小説の影響もあると思いますね。特に、空っぽの夜行列車に主人公や副主人公が一人で乗っている場面なんか。
ところで、今回の「風の又三郎」ですが、小池さんは読んだことありましたか?
K これは読んだことなかったと思います。
W 僕も最近、はじめて読みました。だけど子どもの頃、テレビで見たことあるんですよ。それもドラマじゃなくて、舞台劇を中継録画したようなものを。なにか、やたらに子どもがたくさん出てくるお芝居だったなあ、といった印象しか残ってませんけど。
 小池さんは、今回読んでみて、どういう印象をもちましたか?
K 「風の又三郎」ってタイトルはもちろん知っていて、想像していた内容がなんとなくあったんですが、読んでみると全然違う話でした。それで意外な印象です。

「だれだ、時間にならないに教室へはいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。
「お天気のいい時教室さはいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。
「しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。
「早ぐ出はって来、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室の中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛にすわっていました。
 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革の半靴をはいていたのです。
 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。
「あいづは外国人だな。」
「学校さはいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。
      (宮沢賢治「風の又三郎」より)

W 上の引用は、高田三郎という転校生の少年が初めて登場する場面です。彼は小学校5年生。夏休みが終わって、新学期が始まった91日のことでした。山の学校で1年生から6年生がひとつの教室で勉強しています。
 転校生って神秘的ですよね。どういう人なのか、ひどく興味がわくじゃないですか。早く、性格とか見定めたいというか。
K ええ。
W 6年生の一郎が、教室に坐っている転校生を見て、天気の良い時に教室に入っていると、
先生にうんと叱られるぞと、窓の外から言うんですよね。初めてあった子に「早く出はって来。出はって来。」と言えるのはいいなあ。人との距離が短いというか。僕なんか、いまだに出来ないけど。
K そうですねえ。まったくですねえ。
W僕が小中学生の頃も、教室の外で遊ぶのが良いことで、教室で将棋とかゲームしてると、先生に、「外で遊びなさい」とよく注意されたものです。小池さんの頃はどうでした?
K どうだったかな。言う先生もいたと思いますが。

「高田さん名はなんて言うべな。」
「高田三郎さんです。」
「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。
           (同上)

W ここは、子どもが先生に、転校生の下の名前も聞くところです。先生は「高田三郎さんです」と答えます。1934年(昭和9年)に発表された作品ですけど、教室の中では、先生も子どもも、「さんづけ」で呼ぶんですよね。「銀河鉄道の夜」の先生も、「さんづけ」です。「ジョバンニさん」というように。
 以前、小池さんと出した本(「ユースカルチャーの社会学――対話篇」)で、「さんづけ」「くんづけ」「呼び捨て」といった人の呼び方と、人間関係の話が出たじゃないですか。80年以上前の日本で、学校の先生が小学生を「さん」で呼んでいたのは、珍しかったんじゃないのかな。縦の関係じゃなくて、横の関係を志向してる。
K さあどうでしょう。逆に多かったのかも。
W そうか。それは全く考えませんでした。いろんな資料にあたって調べてみると面白い問題かもしれません。「風の又三郎」で友だち同士は、3つの呼び方が全部出て来ますけどね。
 それから、ここの部分で、子どもたちの間に「風の又三郎」の伝説が信じられていて、それと転校生の高田三郎を結びつけようとする動きが描かれています。「風の又三郎」というのは「風の神様」のようなものでしょうか。あとの方で「雨三郎」というのも出て来ますけど。台風シーズンにやってきた高田三郎と「風の又三郎」が、子供たちの中で、うまく結びついた。
K そういうことですね。

「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、
「お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。
 それは返事をしないのではなくて、みんなは先生にはいつでも「お早うございます。」というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとう臆してしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃと言ってしまったのでした。
 ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二歩三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。
      (同上)

W 上のところは、2日目の朝の学校です。まだ、子どもたちと三郎の関係がぎくしゃくしている様子が描かれてます。こだわりは、三郎よりも子どもたちの方に残っていた様子です。子どもたちは日頃、「おはよう」という挨拶をしなかったと書かれていますが、なにも言わなかったんですかね、朝、学校に来て。
K ここはちょっと面白いですね。

 三郎は両手で本をちゃんと机の上へもって、言われたところを息もつかずじっと読んでいました。けれども雑記帳へは字を一つも書き抜いていませんでした。それはほんとうに知らない字が一つもないのか、たった一本の鉛筆を佐太郎にやってしまったためか、どっちともわかりませんでした。
         (同上)

W ここでは、教室内での三郎の様子が描かれています。自分の鉛筆を下級生の佐太郎にあげてしまいました。義侠心もあり、勉強も出来そうな三郎の様子が描かれています。
 このあと、学校外での子どもたちの遊びの様子が、ずっと、描かれることになります。あきらかに、教室より教室外、学校より学校外の描写に重きが置かれています。それは、子どもたちにとっても教室外、学校外の遊びの方が学校の勉強より重要な意味を持っていたというように読めたんですが、どうでしょう。
K そうですね。同じ印象です。学校にいる時間もそんなに長くないですね。

三郎はやっと笑うのをやめて言いました。
「そらごらん、とうとう風車などを言っちゃったろう。風車なら風を悪く思っちゃいないんだよ。もちろん時々こわすこともあるけれども回してやる時のほうがずっと多いんだ。風車ならちっとも風を悪く思っていないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようはあんまりおかしいや。ララ、ララばかり言ったんだろう。おしまいにとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」 
三郎はまた涙の出るほど笑いました。
耕助もさっきからあんまり困ったためにおこっていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい三郎といっしょに笑い出してしまったのです。すると三郎もすっかりきげんを直して、
「耕助君、いたずらをして済まなかったよ。」と言いました。
「さあそれであ行ぐべな。」と一郎は言いながら三郎にぶどうを五ふさばかりくれました。 
           (同上)

W ここは、転校してきて数日経ち、三郎も本来の自分を出すようになった場面です。森の中で遊んでいるとき、耕助という子どもと言い争いが起こります。ここでの三郎は、なかなか自分を引かないんです。最後は耕助を言い負かしてしまう。 
 宮沢賢治は、高田三郎の行動を詳細に描くけど、どういう子どもだったということは、ほとんど書かないんですよね。性格描写、内面描写がない。形容詞がでてこない。そこは読者の読解にゆだねているというか。
ただ、上の引用のちょっと前に、「すると三郎はずるそうに笑いました」という一文があって、ここは逆にびっくりしました。「ずるそうに」といった表現は他には出てこない。そこがこの小説の大きな特徴かも知れません。そのため、読者が子どもたちと同じ位置に立つことになる。行動から三郎の性格を類推するしかない。
K たしかに賢治の小説の特徴としてそれはありますね。
W このブログの23回前の回で、小池さんが「学校は嫌いだったけど、放課後は好きでした」と言ってたじゃないですか。なかなかの名文句だと思ったんですけど、この小説は、小学生の放課後の描写が全体の78割も占めていますよね。
K でも人数が少ないので、学校にいても学校から離れても、メンバーが変わらないですね。
W なるほど。少人数なんで、人間関係が変化しないと言うか、固定化してしまうという問題はありますね。学校外の友人・知人もあまりいないようですし。いつも同じメンバーというか、閉じられた空間。
僕の人生は、いろいろと欠落してる部分が多くて反省してるんだけど、小中学校の頃の放課後の遊びも、そのうちの一つですね。放課後、友だちと遊んだ思い出がほとんどありません。部活動もしなかったし、すぐ家に帰ってしまった。原っぱで野球の試合があっても、あんまり下手なんで呼びに来てくれなかったし。家で勉強していたというわけじゃなくて、結局なにもしてなかった。
だから、この小説の子どもたちの遊びは、とても魅力的に見えました。「こういうことしたことなかったなあ」という感じです。いまさら、どうしようもないけど。
K いまさらですね。
W 馬を見にいったり、川で泳いだり、いろんなことをやっている。本当にうらやましいなあ。
K いまさらです。

 みんなは河原から着物をかかえて、ねむの木の下へ逃げこみました。すると三郎もなんだかはじめてこわくなったと見えて、さいかちの木の下からどぼんと水へはいってみんなのほうへ泳ぎだしました。 
すると、だれともなく、
「雨はざっこざっこ雨三郎、
風はどっこどっこ又三郎。」と叫んだものがありました。
 みんなもすぐ声をそろえて叫びました。
「雨はざっこざっこ雨三郎、
風はどっこどっこ又三郎。」
 三郎はまるであわてて、何かに足をひっぱられるようにして淵からとびあがって、一目散にみんなのところに走って来て、がたがたふるえながら、
「いま叫んだのはおまえらだちかい。」とききました。
「そでない、そでない。」みんないっしょに叫びました。
 ぺ吉がまた一人出て来て、
「そでない。」と言いました。
 三郎は気味悪そうに川のほうを見ていましたが、色のあせたくちびるを、いつものようにきっとかんで、「なんだい。」と言いましたが、からだはやはりがくがくふるえていました。
  (同上)

W 上の引用は、高田三郎が登場する最後の場面です。このあと、父親の仕事の都合で三郎はもう学校に現れなくなります。この学校にいたのは2週間たらずなんです。この小説にはミステリアスな部分が多くあるんですが、ここの所もそうですよね。ここの「雨はざっこざっこ雨三郎」「風はどっこどっこ又三郎」って叫んだのは誰だったのかな。
K え、2週間しかいなかったんですか。
W 91日に転校してきて、912日には、もう学校に来なくなっていたんです。
次に、先ほども少ししゃべった吉本隆明の宮沢賢治論について触れてみたいと思います。
吉本さんは賢治の影響を強く受けていて、若い頃からいろんな文章を書いています。亡くなった後の2012年には、宮沢賢治について語った講演の内容をまとめた「宮沢賢治の世界」(筑摩書房)という本が出ています。この本の中に「いじめと宮沢賢治」という講演が載っていて大変興味深いんです。1996年に群馬県の高崎で行われた講演のテープをおこしたものです。単行本で43ページにもなる長いものですが、ここでは、僕なりに内容を要約してみました。

   吉本隆明「いじめと宮沢賢治」(『宮沢賢治の世界』に収録)で指摘されていること
1,宮沢賢治の童話は、ある意味、ほとんど全部、いじめ問題だ。
2,賢治は、ほかのいじめ問題の専門家や、いじめ問題でいろいろいわれている考え方とものすごく違うことを言っている。
3,賢治は、いじめられる方の人間を「聖」と考えている。セイントというか、非常に尊い人だ、尊いものだ、と言っている。人間として純粋とか、人間以上の何かを持っていると考えている。それはとてもよい考え方で、いじめ問題の出口を生む。「よだかの星」のよだかや、「銀河鉄道の夜」のジョバンニは、聖の性格を持ついじめられる子どもの典型だ。
4,小学校の上級生から中学の最上級の手前くらいの年齢での子どもの心の世界は魔法の世界だ。普通の常識、大人の常識が全然通用しない。一種独特の価値観を持った閉じられた子どもだけの世界である。そういう世界の一番重要なことは、大人からはわからない。親や先生、文部省がいじめの世界に介入することに、自分は異論を持つ。介入すべきではないし、介入したって解決は不可能だ。
5,子どものいじめの世界というのは、多少ユーモアがあって抜け道のある世界だが、大人や先生などから観察されたり、詮索されたりすると真面目に、そして真剣になってしまう。父兄や先生が入ってくると、一種の別の世界になってしまう。金をせびった奴は犯罪者だ、けがをさせたら傷害だとなってしまう。
6,子どものいじめの世界のどこかには、遊び、ユーモア、出口がある。それは犯罪ではないし、大人は介入できない。介入しないで、子どもの自主的な判断に任せるのがいい。
7,いじめ問題の解決の一つの方法は、察知力を持つことで、それはたとえば、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のなかの主人公、副主人公、彼等の先生の三人のあいだで示されている。
8,もう一つの方法は一種の「ずらし」という考え方で、それは「風の又三郎」という作品のなかに示されている。主人公の神気めかした雰囲気、栗の木元に坐ると、急に風が吹いてくるという描写に「ずらし」がある。一種の民俗や伝説等の流れに近いずらし方をしている。そのために主人公はいじめから逃れることができている。
(吉本隆明「いじめと宮沢賢治」『宮沢賢治の世界』筑摩書房、2012 より作成)

W どうでしょうか?
K 宮沢賢治は、ある意味全部いじめなんですね。なるほど。
W 僕のいじめ問題についての考え方は、このブログの第35章「一房の葡萄」の後半に述べた通りで、その後変わっていません。ただ、いじめ問題で嫌だなと思っていることが、今でも一つあります。人間の心や人間関係に関連する、本当にデリケートな問題なのに、「いろいろな考え方を許さない」という動きがあることです。どんな事柄でも、あらゆる思考が許されるべきだのに、そうはなっていない。とくに役所や役人がこの問題についての真理を所有していて、いじめ問題、特にいじめ問題の対応策については、役所の言う通り
にすべきだと考えているんじゃないかと思えるんです。
K そうですか。
W そのため、思考の自由が制限される。いじめ問題を考える人に「ここまでは考えて良いけど、それ以上は駄目だ」という自己規制がかかる。吉本さんの「いじめと宮沢賢治」という講演は、そういう枠に収まらない。明らかに、枠をはみ出ている。自由な思考が、どこまでも展開される。特に、上の456なんかで言ってる事なんかは、僕も共感しますけど、こういう事、なかなか言えないんですよね。言うのには、勇気がいる。まあ吉本さんは、いじめに限らずどんな問題についても、自分の実感から、ものを自由にとらえますけどね。一番根本的なところから考えていくから、どんなことでも言える。
 7の察知力は、この小説の最初の「午後の授業」というところにも出てきますが、3人が互いの気持ちをおしはかって、行為を遠慮するというか、厭なことをしない。余計なことをしたり、言ったりしないという形で、危機が回避されます。察知から沈黙へというか。

「ザネリ、烏瓜ながしに行くの」ジョバンニがまだそう言ってしまわないうちに、「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着が来るよ」その子が投げつけるようにうしろから叫びました。
 ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこらじゅうきいんと鳴るように思いました。
「なんだい、ザネリ」とジョバンニは高く叫び返しましたが、もうザネリは向こうのひばの植わった家に中へはいっていました。
(ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを言うのだろう。走るときはまるで鼠のようなくせに。ぼくがなんにもしないのにあんなことを言うのはザネリがばかなからだ) 
  (宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より)

「川へ行くの」ジョバンニが言おうとして、少しのどがつまったように思ったとき、「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ」さっきのザネリがまた叫びました。
「ジョバンニ、ラッコの上着が来るよ」すぐみんなが、続いて叫びました。ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、急いで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。カムパネルラはきのどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。
 ジョバンニは、にげるようにその眼を避け、そしてカムパネルラのせいの高いかたちが過ぎて行ってまもなく、みんなはてんでに口笛を吹きました。町かどを曲がるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。そしてカムパネルラもまた、高く口笛を吹いて向こうにぼんやり見える橋の方へ歩いて行ってしまったのでした。ジョバンニは、なんとも言えずさびしくなって、いきなり走りだしました。
  (同上)

W 上の2つは、やはり「銀河鉄道の夜」のはじめの方の部分です。吉本さんの言う、いじめられる子の「聖性」は、この部分にも描かれています。主人公の自己洞察や孤独な心が、純粋さや人間以上の何かにつながっていく。
K さっきの言い方だと、魔法の世界ってことですかね。
W とても信頼している一人しかいない親友が、自分をいじめる集団の中にいるのを発見した時は悲しかったでしょうね。一番つらい状況なんじゃないかな。二人だけの時は親友なのに、そこに集団が介在すると、親友状態が崩れてしまう。
K そうですね。こういう感じはよくわかります。

よだかは、じっと目をつぶって考えました。
(一たい僕は、なぜこうみんなにいやがられるのだろう。僕の顔は、味噌をつけたようで、口は裂けてるからなあ。それだって、僕は今まで、なんにも悪いことをしたことがない。赤ん坊のめじろが巣から落ちていたときは、助けて巣へ連れて行ってやった。そしたらめじろは、赤ん坊をまるでぬす人からでもとりかえすように僕からひきはなしたんだなあ。それからひどく僕を笑ったっけ。それにああ、今度は市蔵だなんて、首へふだをかけるなんて、つらいはなしだなあ。)
  (宮沢賢治「よだかの星」より)

W 「よだかの星」はいじめられている、よだかという鳥の内側の声を描いています。鷹がよだかの所へ来て、自分と似たような名前を付けているのは迷惑だから改名しろ、市蔵って名前にしろって言ってくるんですよね。市蔵って名前が唐突で、ユーモラスなんだけど。これに似たようなことって、大人社会でもあるんじゃないかな。ああ、いやだ、いやだ。
最後によだかは、空をどこまでもまいあがり、星になってしまいました。この作品は「いじめと自殺」の関係をストレートに描いています。
K はい。
W ジョバンニとよだかの思考の共通点は、「自分は何もしていないのに」というところです。でもいろいろ考えた末、自分を責める方向に目を向けてしまう。こうしてすぐ自己反省してしまう特質が、吉本さんの言う「尊い」「純粋」「聖」という性格につながっていくのではないでしょうか。あと「よだかの星」での、めじろの赤ん坊の話なんて、今でも、よくありますよね。暴力的な不意打ちで、一瞬、なにが起こったのかと思うんだけど。

二人の転校生

W最後に同じ転校生ものということで、谷崎潤一郎の「小さな王国」を取り上げましょう。1918年(大正7年)に発表されました。ちくま文庫で56ページですから、「風の又三郎」と同じ長さの短編小説ですね。小学校5年生の転校生が主人公であるところも同じです。小池さんには、前もってこの作品も読んできてもらうように言ってありましたよね。
K ああ、同じ5年生か。
W それから、僕は5年くらい前にこの小説を題材にした「子どもの問題行動についてーー谷崎潤一郎「小さな王国」を題材に」という文章を書いたことがあるんですが、そっちは知ってました?
K まあ一応。
W 今回、谷崎の小説を読み返してみて、以前とはちょっと印象が変わりました。「風の又三郎」や吉本さんの本を読んだ後だったからもしれませんが。
それから、この小説はいろんな人がその内容を論評していて、僕が知っているだけでも、文芸評論家の伊藤整や柄谷行人、教育社会学者の山村賢明なんかが論じています。谷崎潤一郎の他の小説とは全然似ていないんですが、考えさせるところが多い作品です。 

貝島がM市へ来てからちょうど二年目の春の話である。D小学校の四月の学期の変りめから、彼の受け持っている尋常五年級へ、新しく入学した一人の生徒があった。顔の四角な、色の黒い、恐ろしく大きな巾着頭のところどころに白雲の出来ている、憂鬱な目つきをした、ずんぐりと肩の円い太った少年で、名前を沼倉庄吉といった。何でも近頃M市の一廓に建てられた製糸工場へ、東京から流れ込んで来たらしい職工の倅で、裕福な家の子でない事は、卑しい顔だちや垢じみた服装によっても明らかであった。貝島は始めてその子を引見した時に、これはきっと成績のよくない、風儀の悪い子供だろうと、直覚的に感じたが、教場へつれて来て試してみると、それほど学力も劣等ではないらしく、性質も思いのほか温順で、むしろ無口なむっつりとした落ち着いた少年であった。
(谷崎潤一郎「小さな王国」『美食倶楽部』ちくま文庫 94ページより)

W 北関東のある都市の小学校に5年生の男の子が転校してきます。沼倉庄吉という子どもで、担任になった貝島という30代の男性教師のはじめの印象はあまり良くないのですが、だんだんと、その印象を変更することになります。また、同級生の間でも沼倉は人気があって、しだいにクラスのリーダーのような存在になっていきます。
K ええ。

――要するに彼は勇気と、寛大と、義侠心とに富んだ少年であって、それが次第に彼をして級中の覇者たる位置に就かしめたものらしい。単に腕力からいえば、彼は必ずしも級中第一の強者ではない。相撲を取らせればかえって西村の方が勝つくらいである。ところが沼倉は西村のように弱い者いじめをしないから、二人が喧嘩をするとなれば、大概の者は沼倉に味方をする。それに相撲では弱いにもかかわらず、喧嘩となると沼倉は馬鹿に強くなる。腕力以外の、凛然とした意気と威厳とが、全身に充ちて来て、相手の胆力を一と呑みに呑んでしまう。彼が入学した当座は、暫く西村との間に争奪戦が行われたが、直きに西村は降参しなければならなくなった。「ならなくなった」どころではない、今では西村は喜んで彼の部下となっている。
実際沼倉は、「己(おれ)は太閤秀吉になるんだ」と云っているだけに、何となく度量の弘い、人なつかしい所があって、最初に彼を敵視した者でも、しまいには怡々(いい)として命令を奉ずるようになる。西村が餓鬼大将の時分には、容易に心服しなかった優等生の中村にしろ鈴木にしろ、沼倉に対しては最も忠実な部下となって、ひたすら彼に憎まれないように、おべっかを使ったり、御機嫌を取ったりしている。啓太郎は今日まで、私(ひそ)かに中村と鈴木とを尊敬していたけれど、沼倉が来てから後は、二人はちっともえらくないような気がし出した。学問の成績こそ優れていても、沼倉に比べれば二人はまるで大人の前へ出た子供のようにしか見えない。―――まあそんな訳で、現在誰一人も沼倉に拮抗しようとする者はない。みんな心から彼に悦服している。どうかすると随分我がままな命令を発したりするが、多くの場合沼倉の為す事は正当である。彼はただ自分の覇権が確立しさえすればいいので、その権力を乱用するような真似はめったにやらない。たまたま部下に弱い者いじめをしたり、卑屈な行いをしたりする奴があると、そういう時には極めて厳格な制裁を与える、だから弱虫の有田のお坊っちゃんなぞは、沼倉の天下になったのを誰よりも一番有難がっている。――
(同上105107ページ )

W 上の引用箇所では、沼倉庄吉がなぜクラスのリーダーになったのかについて、担任教師の貝島が、息子の啓太郎からその理由を聞き出しているところです。啓太郎は偶然、そのクラスに在籍していたわけです。クラス内の権力構造が見事に表現されてますよね。
K はい。
W 沼倉の家は裕福ではないし、勉強も一番出来るといったタイプではありません。ここで強調されているのは、性格や行動の重要性です。親の階層や学業成績で、集団のリーダーが決まるわけではない。もちろん、本人がどんなクラブ活動をしているかなんて事でもない。子どもたちは、人間そのものをよく見ている。そこがとてもよく描かれています。家が金持ちだからとか、勉強が出来たからなんて書いてあったら、もっと紋切り型の話になってしまったでしょう。もちろん、谷崎潤一郎がそんな小説を作るわけありませんけど。

「先生がお前を呼んだのは、お前を叱るためではない。先生は大いにお前に感心している。お前にはなかなか大人の及ばないえらい所がある。全級の生徒に自分の云い付けをよく守らせるという事は、先生でさえ容易に出来ない仕業だのに、お前はそれをちゃんとやって見せている。お前に比べると、先生などはかえって恥かしい次第だ」人の好い貝島は、実際腹の底からこう感じたのであった。
 (同上107108ページ)

「皆さんがそんなにお行儀がいいと、先生も実に鼻が高い。尋常5年級の生徒は学校中で一番大人しいと云って、この頃はほかの先生たちまでみんな感心しておいでになる。どうしてあんなに静粛なんだろう、あの級の生徒は、学校中のお手本だと云って、校長先生までが頻りに褒めておいでになる。だから皆さんもそのつもりで、一時の事でなく、これがいつまでも続くように、そうしてせっかくの名誉を落さないようにしなければいけません。先生をビックリさせておいて、三日坊主にならないように頼みますよ」
子供たちは、再び嬉しさのあまりどっと笑った。しかし沼倉は貝島と眼を見合わせてニヤリとしただけであった。
   (同上110ページ)

W 教師の貝島は、クラスの運営をうまくすすめるために沼倉を利用しようとします。沼倉は教師の頼みを受け入れ、教師の思うような理想的なクラスが出来上がります。
 その後、沼倉は自分が大統領になり、いろいろな職階を作り上げ、偽札まで発行します。文芸評論家の伊藤整によれば、この小説が書かれた前年、1917年に勃発したロシア革命のことを書いたのではないか、ということなんですけどね。
K まあ、いろいろと分析したくなる展開ですね。
W 「風の又三郎」と「小さな王国」は、どちらも転校生ものですけど、何が大きく違いますかね。
K 「風の又三郎」の舞台が、1年生から6年生が同じ教室で勉強するような学校であることは、大きいですね。
W なるほど、風通しはよくなるのかな。それと、「小さな王国」のクラスは、男子しかいませんが、「風の又三郎」の方は共学ですね。
沼倉は弱い者いじめをする部下がいると、制裁を下すってことも書いてありますよね。今の学校だと、いじめのような悪さをする子どもがいると学校は取り締まるけど、沼倉のような子はもっと頭が良くて悪辣にたちまわるから、何のおとがめもないことが多いんじゃないかしら。
いじめっ子は直情型で単純なんだけど、本当に悪い奴はもっと上手くやるというか、ぼろを出さない。外見は白くて、中は真っ黒。教師からも良く思われたりして。いじめ問題ばっかり取り上げられて、こうした問題は、なかなか認識されない。うまくいってるんならいいじゃないか、という事で。最近でも、教育学者で「ガキ大将待望論」なんていう人がいるけど、僕は反対です。
 とにかく、僕はこの沼倉って子が大嫌いです。だけど、これも吉本さんの言う魔法の世界の話で、教師や親が下手に介入すると、もっととんでもない事態に発展するのかも知れませんね。
K 教師の貝島が介入していって、それで話が余計にややこしくなってますね。
W 彼は、子どものリーダーをクラス経営に利用しようとする。情けない話だなあ。
それから、ここで描かれているような集団性が嫌な子どもがいたら、どうしたらいいんだろうという問題が残ります。僕は「いじめっ子からもリーダーからも距離を置く」というか「いるんだか、いないんだかわからない」というポジションに自分を置く、というのも良いと思うんです。一人だけ、ポツンと孤立する。僕なんか典型的にそういう子どもでした。
ただ、この小説のように教師が前に乗り出してきて、「統一のとれた学級」「全員一致の仲の良いクラス」なんてことを言い出すと、それもできなくなる。「子どもの中の個人主義」がつぶされてしまいます。今の教育行政は、そういう方向を目指しているんじゃないのかな。「子どもの中の個人主義」は絶対に認めたくないという。

  (20143月 東京・大泉学園にて)


<参考・引用文献>
宮沢賢治  風の又三郎 1934
――――  銀河鉄道の夜 1933 
――――  雨ニモマケズ 1931
――――  よだかの星 1934
――――  注文の多い料理店 1924
――――  猫の事務所 1926
――――  やまなし 1923
                (以上 青空文庫より)

宮沢賢治  童話集 風の又三郎 他十八編  岩波文庫(谷川徹三編・解説)1951  
ますむら・ひろし(原作 宮沢賢治)風の又三郎 扶桑社  1995
新潮日本文学アルバム12 宮沢賢治  新潮社1984
新潮日本文学アルバム7 谷崎潤一郎  新潮社 1985
吉本隆明  悲劇の解読   筑摩書房 1979
――――  宮沢賢治    ちくま学芸文庫 1996
――――  宮沢賢治の世界 筑摩書房 2012
谷崎潤一郎 美食倶楽部 (谷崎潤一郎「小さな王国」を収録)ちくま文庫 1989
谷崎潤一郎 潤一郎ラビリンスⅤ  中公文庫 1998
山村賢明  社会化の理論――山村賢明教育社会学論集  世織書房 2008
柄谷行人  日本精神分析  講談社学術文庫 2007
武内清編 子どもの「問題」行動  学文社 2010(渡部真 子ども集団のメカニズムと問題行動――谷崎潤一郎「小さな王国」を題材に、を収録)